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2010/12/12

AFRICA 1958 (19)

5月17日  昨日、 Schulz (Schuitz ?) 氏を訪ねた時、 zoo にいる Prof.Hediger には是非会ってゆけと言われ、自分で電話をかけてくれたところ、明日朝8時から8時15分までに来てくれとのこと。 
昨夜は夕食に酒を飲まなかったせいか、1時半に寝たのに、大へん寝つきが悪く、何処かで2時の鳴るのを聞いた。 
しかし朝 front から電話をかけて7時に起こされたので、眠たかったが起きる。  Zoo までは taxi をとばす。 
門を入ったすぐ左の建物に案内される。 タイプライターを叩いている綺麗なお嬢さんがいた。 スイスは alps や lake があって自然が綺麗やから、町やホテルも綺麗になるのか。 女の人も大へん清潔で綺麗な感じがする。 清潔すぎて、なんともならないと言った感じだ。 色気を起こさせぬぐらい清潔だと言うことである。 

Hediger は温厚そのものの人だった。 午前中は忙しいのでと、大急ぎでチンパンジーを見せた。 ♀は29頭か♂は10歳を出たばかりの立派なのがいる。 他に♀2匹3匹も子供をもっている。 Affenhouse にはイロイロなサルがいた。 南米のサルのもっさりしたのには驚いた。 
その中そこへ一人の女性が現れた。 この人は、もう2年もここにいる Baboon を研究しているのだと言う。  Hediger が用事があるので、行ってしまった後、11時前までこの人に案内されて、zoo をグルグル回った。 それからもう一度 Hediger の所へ戻る。 
今朝は実に寒い、こんなに寒いのは初めてだ。 ここは湿度が高いのだロー。 そして Frau Spirak さんに話していた、16ミリを午後やろうと言う事になり、3時にここに戻ってくる事にした。 
Zoo は見かけよりも良い zoo だった。 なぜ Gorilla を入れないかと言ったら、 expensive だからと言った。 

帰りは電車でホテルに帰った。 朝、早かったので腹がへった。 昼食は支那料理を食いに行く。 さっきの支那料理に、われわれの帰る頃、ぞろぞろと男女が入って来た、子供もいる。 Chimese の世界進出ぶりは日本人以上だ、女の顔は正に asian である。 
ホテルに戻り、にもつを作ってtaxi で zoo に行く。 ちょーど3時だった。  Hediger とこの projecter はトーキーがかからぬので、彼は町の写真屋へ電話して、そこまで車でつれて行ってもらう。 そこへ Hans Kummer も来た。 
トーキーがすんで駅の食堂で話し、 Hediger とは別れたが Spirak と Kummer はホテルまで送ってくれた。 そこで別れて、taxi で Swiss air まで行く。 伊谷の荷物 ―きょう買ったばかりのバッグ― が大きいので、眼をつけられれ excess を掛けされた。 
バスに乗って空港へ着く。 6時40分、ルフトハンザは出た。 

どーしてこんなにも綺麗に耕してあるのかと思われるような、青々として整然とした畑、青くない所はたいしゃ色だ。 村は白壁に赤屋根、それは農民の家なんだ。 植林もある。 伐った木が丸太にして、これも綺麗にならべてある。 
Stuttgart に着陸、此処で passport を見せた、ハンコも押さない。しかし記念に押してもらっている者もある、伊谷は押してもらった。 9時前 Frankfurt 着。  Paris.Zurich.Furankfurt みな立派な空港だ、立派な滑走路である。空港からバスに乗る。 
暗い森の間をぬけ、furankfurt の街に入る。 マイン川を渡るところは、ちょっと大阪の町を思わせた。 汽車の駅でバスを降りた。 ホテルは遠いかと思ったらバスの停まった横の家だった。 部屋は16マルクだが悪くはない。 ただ言えば便所も bath も外に行かなければならない。 
食堂でビールを飲む、さっき飛行機の中で軽食をやっているので腹はすかない。 ここでは一食10マルク見当でにして、やって行かねばならぬ。 ずいぶん締ってきたものだ。 
それからちょと散歩に駅前の通りまで行って部屋に帰った。 われわれも駅前のホテルに泊まっている事になるので、この辺はそう言えばホテルが多い。 
日記を書いて12時に就床。

5月18日 昨日は土曜日で、昼飯後に両替に行ったら、女の子が4人ほど、ルックをかついで駅に向うのに出会った。 街にも山靴を並べた店があるし、流石に Swiss である。 しかしその女の子らは、みな綺麗なルックを背負っていた。 日本のよーにむさ苦しい風はしてない、 これもやはり Swiss である。 

今朝はちょっと朝ねした。 伊谷が Zmeck に電話したが、捉まらなかったので、 Zoo へ行く事にする。 
今日は日曜で zoo は人出である。 先ずツメックの家を探したところ、入ったとろにある立派な建物の一番天辺に住んでいるのだ。  Frau に会った。 そしたらそこで園丁を一人つけてくれた。 
そいでゴリラを見せてもらった。 ♀12歳と♂13歳と2匹いる、よく馴れている。 案内につれられて園内を一回りしたが見当たらない。 ソーセージを焼いている所があり、よい匂いを出している。 そこで休んでいるから、探して来てくれと頼み、そこでビールとソーセージ一杯はじめる。 昼時で満員になって来た。 

その中に、ツメックが現れた。 少し尊大ぶった、また上品ぶった男で、彼の本から受ける印象とは、はなはだ違っていて失望した。 また我々の仕事にどれだけ興味を持っているか疑問である。 それでも exoteric view  ―これは金を払わねばならないのだが― を彼自身で案内してくれた。 そして忙しいからと言うので彼は行ってしまった。 
その後もう一度動物園内を回った。 Zoo に接した所にあるレストランで休んだ。 この zoo は南米のものが相当集まっている。 大動物ではピューマの他にブラジル博物誌に出てくる、オンサー ―ヒョウに良く似ている― 大きなのがいた、またオラウータンの♂の毛のフサフサしたとても大きいのがいた。 
Prof.Starck を訪ねよーと思って、電話帳を伊谷に調べてもらったが、分からなかった。 
チューリッヒもそうだったが、ここもいま新緑でここの人達は冬から解放されて、良い子持ちだろーか。 空は雲っていた。 

都心まで電車で行った。 暇つぶしに映画に行った。 
券を売るオバチャンは、若い時のオタケにちょっと似ていた。 言葉がわからぬ、その度みんなは良く笑うが、残念ながら、何が面白いのか、よく分らぬふしが多かった。 
映画を出ても ―もう7時だが― まだ日が暮れぬので一旦ホテルまで帰った。 そして金を勘定した所、1ドル、50フランだったので、これなら手持ちの9000フランで、ベルギー滞在は十分賄える自信がつき、ホッとした。 
ドイツの町には背の高い女が多い、ドイツの女も綺麗なのがいる ―スイス的な綺麗さだ。 いったいフランスだとかドイツだとか言うが、われわれから見たら、見かけはみな同じだ。これが直ぐ戦争を始めるのだだから、アホーなものだと、つくづく思った。 
夜はまた、ソーセージとビールで安上がりにしよーと思い、9時から出かける。 3軒ばかりまわり11時過ぎ帰った来て直ぐ寝た。 
おかげでドイツ滞在は安上がりですんだ。



以下次回へ





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