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2011/01/30

AFRICA 1958 (29)



6月24日  朝起きると小雨模様。 
Madison の小さな空港のストランで朝食を取り、North Central の小さな飛行機で Chicago へ向う。 
途中 Rock central というところに着陸、 Chicago に11時頃ついた (Madison を出たのが8.40)。それから来年の Gorilla Expedition の軽費を勘定して5000ドルという数を出し、二階のレストランへ上がったが、ここはビールを飲まさない。 しかしここから見ていると、次から次へ飛行機が出て行く、またやって来る、とても忙しい。 しかし日本では見られぬ光景だ。 
それから待合に戻って center 宛の手紙、並びに家へ宛てて、アメリカから最後の手紙を出した。 いよいよ南部へ向う。 
Chicago 発2.40 。 最初に Louisville というところに着いた、
それから次には Nashvill というところに着いた後、貯水池の上を通った。 それから Atlanta に着いた。 その前に飛行機の上から見ると、森林の上を随分跳んだ。 森林のある所は概して丘陵地だ。 そこにウネウネした路がついている。 はじめは水流かと思ったが、谷はもっと低いところにあるので、はじめて道路 ―多分、自動車道路だろー― ということが分かった。 浸食の激しい、やわらかな土地なんだろー。 
アトランタには Eastan Airline の飛行機が沢山待機していた。 この Airline はここが本拠かも知れぬ。 Atlanta まで来るとムーッとするぐらい暑い。 そして何だか久し振りに土地が赤くなって来たよーだ。 Atlanta を出て1時間20分で Jacksonvill だ。 腹がすき夕食が出るかと思っていたら出ない。 サンドウィッチを取って食った。 日が暮れ出して来た。 8時45分 Jacksonvil 着。 
わりあい大きい City だ。 空港で荷物の来るのを待つ。 電燈にたくさん虫が集まっている、こんなことはアメリカで今まで見ていない。 空港サービスのtaxi で町へ走る。 Motel が沢山ある。 街は二階建てで、ネオンが輝き、日本のどこか九州辺りの町へ来たよーな感じ。 電柱の建っているのも、その印象を深くめる。 よーやく都心へ来た。 
ホテルだけが高くそびえている。 泊ったホテルは冷房があり、 bath はもちろん、ラジオ、テレビがそなえてあって7ドルだ。 Bath を浴びる。 えらい硬水だ、石鹸が落ちないかと思ったが、いつまでたってもヌルヌルだった。 
街には bar が沢山ある。 バドワイザーを2.5本飲んだ。 北部のよーにはお上品ではない。 Bar には女も来ている、女とキスしている、話声も高い。 北部は清潔かも知れないがとりつく島がない。 旅鳥にはパリのよーに向こうから誘いかけて来るよーなところが一番楽しいわけだ。 しかし南部の方が北部よりも、はるかにうちくつろいだ気分になれる。 ビールを飲んだ後、Canton と看板の出た店へ入って、焼飯を食い、ホテルに帰った。 
しかし黒人は北部のよーにのびのびしていない、なんだかメランコリーなよーで気の毒である。 1時就床。

6月25日  朝はホテルのなかの cffee shop ですます。 それから Yerkes Laboratory まで taxi で行く。 南部特融の Spanish moss がふさふさと垂れ下がっていて、その上暑さが実にアフリカ以来だ。 どこか Kampala か Leopold を思い出す。 
Yerkes Laboratory の入口に立った。 ベルを押すと向こうで door の開くようにしてくれる。 ここは何もかも電気仕掛けだ。 中へ入り先ず沢山の手紙を受け取った。 それから Missen 死後 ―Missen はあの Mrs.Hayes と結婚し、また離婚して死んだ― ここの acting director である Peacock の部屋に案内された。 それから午前は Dr.Mengel がチンパンジーの cage を案内してくれた。 静かな良いところにこの laboratory は陣取っている。 近くに Navy の air port があるけれど。 Wendy とか Boker とか前から名前を知ったチンプを見た。 性の悪いチンプはウンコを投げた。 Lashiey に lobotomy されたチンプもいた。  Castrata された身体の大きくならない♂チンプもいた。 図書館へ帰って、日本からアメリカの中から来た手紙を読む。 JMCからは空輸荷物については土川氏がなんとかすると言った、という一札が来ていた。 Hews の所の紹介で、New Mexico へ来いと言う手紙も来ていた。 
昼飯は Peacock と一緒に Dr.Charles Rogers も加わった。 街道のレストランへ行き Budweiser とカツレツを食った。 Rogers は Schlitz を飲んだ。 やっぱり Schlitz の好きな人もあると見える。帰って午後は Dr.Davenport の案内で二階の隔離実験室を見た。 Behavior を televi や film で撮っているのには感心した。 
それから Peacock に頼んで、Bingham の repoart を出してもらう。 これを読んだ上で Coolidge に手紙を書こうと思っているからだ。 60頁以上あるのでとても読み切れず、貸してもらってホテルで読むことにする。 
昼飯の時セミの鳴き声を聞いた。 夕立がす通ーりして行った。 帰りは laboratory の手伝いの若い青年の車でホテルまで送ってもらった。 
それから Birgham を熱心に読んだ。 8時半に昨日の bar へ行ったが誰も客は来ていなかった。 夕立の後で、流石の南部も冷房があると涼しすぎた。 
晩飯は昨日の Canton へ行った。 日程をかえる相談を伊谷とやった。 Tokyo 着が一日くらい送れることになるだろー。 今日は泊る用意をして行ったが Jackson へ帰って来た。 この部屋がガラス戸の引き違いになっていたり、テレビ、ラジオをそろえていて、7ドルと言うのも気に入っているのである。 
とにかく今は、また北部の清潔だが窮屈なところから開放されている。 日本人のいないと言う事も手伝ってるかもしれない。 
しかし今日送ってくれた青年は北部ペンシルヴァニアの西部生れで、南部ははじめは珍らしくても、じきにいやになる、北部の方が良いと言っていた。 12時まえ就床。 

6月26日  昨日の青年がきっちり9時に迎いに来た。 今日は半ズボン、kampla で買った開襟シャツで行く。 ヒマワリの花が咲いている。 
Laboratory に着き、10時から Dr.Davenport の実験を見せてもらう。 例の隔離されたチンプと対面するための箱が用意してある。これは金網が張ってあって、この金網の内側が白く塗ってある。 こーしておくと中で電気を点けた時、外から中は見えるが、中から外は見えないようになっているのだ。 白い服を着て、その裾がこの箱の floor になるよーに作ってある。 つまり底のない箱で椅子で腰掛け、その底をこの服に着いた布が代用するのである。 
それからチンプの戸が開けられた。 そして1時間の間無言でこの人はチンプに手を出し、チンプはその手にじゃれる。 その光景を一人の人が見ながら、マイクで喋り、それが録音されてゆく。 もちろんこのマイクは声が漏れないよーにしてある。 この録音はすぐ録音機にかけられ、type にたたかれる。 もう一人おばちゃんがこの光景を映画に撮っている。 それからもう一人の若い助手が手伝っている。 4人がかりの実験なんだ、音のない世界と言うのが狙いかも知れぬ。 
Development の実験の一つだろーか。 いかにも仰しい、そのわりにその狙いがもう一つはっきりしない。 あとでいろいろ装備を見せてもらった。 鳥や金魚や、それから蛇を見せるのだと言う、ガラス製のビンもあった。 蛇は見せても怖がらないそーである。 11時半から伊谷の英語でカラースライドを見せる。 わりあい質問が多かったけれど、ここの人は social organization にはあまり興味は持っていないだろー、急所を突くようなものは出なかった。 
それから昨日のレストランへ飯を食いに行く。 今日は Peacock、 Rogers、それに Davenport も加わった。 レストランから出たら、むうーっとするような暑さだ。 
Laboratory へ帰って、午後はやはり Davenport のやっている発達の続きで、一匹のチンプが低い部屋に入れられている。 
Dr.Mengel が朝と同じよーにマイクで実況を吹きこんでいる。 Harlow とこの sexual behavior を見た部屋よりも一層綺麗で広い。しかしチンプは広い部屋に入れられたかと言って喜び、走り回るでもなく、一か所に座り込んで指を吸い、来た時の様にしているだけだ。 
まだ Bingham が残っているので、席を伊谷に譲って図書館へ帰る。 Bingham は例の Mikeno と Karinsimbi の col(ここを Camp Kabara 記している)に camp して1929、sep、12 に22頭という大きな群れを発見し、その中に Gray Back の大きい奴が4頭いたと記している。 同じ群れを追って sep、13 にはその中の4頭発見したが追跡中、大きな♂の charge を受けて、そいつを一発の下に打倒した。 なお10月に入ってから、Mikeno-Visokeの lower zone (bambu zone) で35頭という大きな群れを発見 ―此の数はnest の数からの勘定である― その中の何頭かを目撃した。 Bukabnから半日で ―車を走らせ― 行けるところに、nest を発見したと記しているが、これは間違いなく kahuzi の続きだろー。 Birgham の recard には♂♀が一つも記してない。 これだけからでは彼らの social organization は全然分からない。 
Birgham を読み終わって、チンパンジー cage をちょっと見に行った。 水道の栓を自分で押さえて水を飲むところを見た。 
それからまた図書館へ行って Peacock と少し喋った後、昨日の青年の車でホテルへ送り届けてもらった。 8時半になる、いつもの bar でビールを飲み、 Canton へ行く、オムレツと焼飯を注文した。 
帰りに bar でビールをもう一本飲んでホテルに帰り、bath に入り、明日は早いので11時半就床。 




以下次回へ







   
      

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