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2011年5月

2011/05/23

AFRICA 1958 (37)

今西先生の偉さ、凄さをノートから読みとることができただろうか
・・・。 
羽田を出発してタイのバンコックに到着する、旅の始まりのノートから受ける印象は、若き日の少年が喜色満面、これから始まる未知の旅への期待感を現わしているような印象を持たせてくれる。 当時でいえば57歳、すでに老人に属するのであろうに。 
ノートから偉さ凄さをぬきだしても、主観のなせるわざである。 ここで少々遠回りをして、今西先生と同時代を歩かれた方々の今西錦司をみながら、フィールドノートと付け合わせをしてみようと思った。

先ず最初に、「人間 -人類学的研究」今西錦司博士還暦記念論文集*** 1966中央公論社刊に、桑原武夫が[序にかえて]のなかで次のような事を書かれている。
「・・・私たちの仲間がシェルドンに興味をもったのはかなり古く、そのさい、アメリカ男性を材料にしてできたこの方法が、日本人や中国人に適用できるか、実証してみる必要がある、と言いだしたのは今西だった。 
そこで私たち7人が真っ裸になり写真を取り、シェルドンの規定する17の計測部をはかり、標準ノリムをつかい評定をだした。 表にない数値が出て、ノルムにあてはまらぬ場合を一回以上しめした者が7人中6人あった。 日本の心理学会でシェルドンの紹介はあたらしくないがそこにどれだけ人種的限界がありうるかといったことに言及したものはいなかった、ここにも今西主義があるといえる。 
そのシェルドン法によって参加者が、他の個々の参加者について出した気質評定では、今西は Viscerotonia (食べることが好き・快楽を好む・外交的)要素4、Somatotonia (攻撃的・精力的・活動的) 要素4、Cerebrotonia (過敏・心配性・引っ込み思案) 要素4、つまり4・4・4と出た(ちなみに筆者は3・2・4であった)。 
C が4つもあるということは、おかしいと思う人があるかもしれない。 私はそれで良いと思う。 S が4つなのは、だれも不思議とはしないだろう。 中年までの今西しか知らぬ人は、Vが4というのに驚くだろう。 学問でも登山でも、彼は一定の方針をあくまでおし進める。 しかし、それが絶対に不可能だという直観に到達すると、彼はとたんに転進する。 この妙技の説明は容易ではない。最初に引用した彼の尊重する「自由」ということが、ここにも作用するのかもしれない.。 私程度の理解では、シェルドンの方法で今西のパーソナリティを説明することは、どうやら成功の望みはなさそうだ。・・・」 桑原武夫、とあるのだが。

自分には心理学におけるシェルダンを知る由もないが、この気質評定で出た先生の評定は面白かった。 
評定度も全てが大きい数値で現れている。 このシェルドンの評定結果でこの旅のノートを見るとまさに我が意を得た感がする。 Visccero の4、この旅で暑いなかでもよく食べる、それも高カロリー食品を好んでいるのだ。 それから絶えることなく人に会っている。 もちろんそれがこの旅の目的の一つでもあるのだろうが、目的達成のためには好き嫌いなく人に会ってゆく。 晩年の先生のイメージでは考えられないほどに外交的である。 そして勿論快楽も好む。 Somatoの4、まさに良く動く。 新しい場所に移動して宿に入っても、長く楽でない移動後でも、即そとへ出る。 新しい土地を見定めるかのように、休まずに動く。 目的に向う攻めの強さも並ではない。 Cerebroの4、先生は神経が細かい、そして配慮の細やかさも尋常ではない。 その先生がこの旅の同行である伊谷さんの Cerebro さに言及する所がある。 このようにCerebroではリーダーにはなれるのだろうかと心配している。 しかしその本人の Cerebro 評定は4なのである。

今西先生は多彩なパーソナリティをもっておられたようだ。 それが証拠に多くの方々の今西感は多彩である。 秋霜烈日、使いものにならぬものは仲間でも切る、神経細やか気配りがある、大リーダーである、どこにでもいる面白いおっちゃんだ・・・等々、大げさに言うと十人十色である。 そしてそれは多分みな間違ってはいないのだろう。 
普通に考えれば、その人の人格形成は例えば Viscebro、Somato、Cerebro の気質要素の強弱があっても大体それが融合して一つの人格を形成していると思うのだが、先生の場合はそれとはいささか異なっているようである。
Viscebro、Somato、Cerebro の要素も、それぞれが並外れており、その3つの要素が容器でまぜ合わさって一つの人格ができ上がって現れるのではなく、その時その所で一つに融合した人格ではなくViscebro、Somato、Cerebroのいずれかが代表で登場するのである。 リーダーとしての任に着くと Somato の世界である。 他の二つの要素はしまわれてしまう。 宴の席になるとVisccero が登場する。 人の痛みに接する時には Cerebro が登場するというようにである。 上手にはいえないが、その様な体内メカニズムなのではないだろうか。 そして使命が何も無い時は、どこにでもいるおっちゃんなのである。 
そう考えると先生はだいぶ近くなる。 そこで、どうしてそのようなメカニズムになるのか、を問うのは控えよう。 
先生はまれに「全部を言わせるようなことは、するな・・・」とおしゃられた。
一人でこの人格の全ての先生に接した方もあれば、その中の一つの先生にしか接した事のない人もおられる。 それが多彩な先生像になっているのではないだろうか。学問の世界の遷移、山での行動の転進、リーダーとしての統率力・・・等の妙味はこの気質の組み合わせが成せた技ではないだろうか。 その組み合わせを決定させたのは、ほかでもない今西錦司だったのである。



以下 次回へ



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